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天下無双 武蔵二刀剣法神免会
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稽古道具/17・3・20
生誕地問題/16・1・29
武蔵研究の深奥/16・11・20
秘伝書/18/2/17
剣法雑感/16・8・15
武蔵研究論文/20
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●一月二日「作州」

武蔵に就いて各雑誌や単行本、研究書などに今まで大分書いてきたが、読み返しみると思わぬ間違いが多く赤面の限りである。思い込みで書き、間違った記述をついしてしまっており、大分人に迷惑を掛けたかも知れない。例えば「遠山の目付」を武蔵の論とした事があるが、原文を読み返しみるとこれは妥当な著述ではない。実を言えばこれは遠い昔筆者の学生時代の剣道の先生が言われた言葉がその儘残り、それを検証せぬまま記述してしまったのである。いま一つ恥ずかしい間違いは「両手に持つこと実の道に非ず」の言葉にうっかり二刀剣法と解釈して公刊書に記述してしまい、反省している。これは勿論一般的な諸手一刀剣法を批判した武蔵の言葉であり、意味合いが逆であった。これは武蔵が二刀剣法に執着せず、「左の刀にさして意味無し」とした部分をと混同し、記憶の混乱から書いてしまった筆者の拙く不味い仕事の一部である。真に面目無く迷惑を掛けた人には謹んでお詫び申し上げます。

昔から『五輪書』を読んできたつもりではあったが、時至らず、その本当の意味が分からず、上っ面を撫でていたのみであるのかも知れない。まだまだ細かい誤りも気がつくが、幸い筆者が新たに称えてきた基本的な部分はそれほど間違っていなかったようにも思う。武蔵の生誕問題においても未だ不確定としてきて本当によかったと思っている。今でも筆者の意識では分別できないが、何方かと言えば筆者は作州生誕説の方が妥当だと感じられるのである(これも新たな文証が出れば考え直すつもりであるのだが)。

 

●三日「水」

筆者の事も含めて武蔵研究のレベルは低い。しかし余りにも低すぎると思うのである。そして人間の思い込みパワーの強さは最強であり、その壁を壊す事が本当に難しい。しかしその壁を越えねば転変たる武蔵剣法の極意には達する事が出来ないだろう。筆者自身武蔵剣法の修行と研究は三十年以上となり、やっとその驚くべき姿の一端がおぼろげながら見えてきた所だと言えるであろう。それは本当に不思議な剣客であり、当時の武術界に驚くべき足跡を残し、様々な流儀に巨大な影響を与えている……。それが漸う分かってきたのである。実際の武蔵とは虚像武蔵、吉川武蔵などより遥かに偉大な剣客であり、芸術家でもある。武蔵剣法、それは現代武道のどこにも見ることの出来ない至高の身体極意であり、深遠なる芸術の世界である。

現代では既に江戸期に行われたような立派な武道は既に完全に失われ、日本の古伝武術は実質的には壊滅状態である。最後の残り火を護っても詮のない話ではあるが、と言って水を掛ける気になれないでいるのみである。

 

●4日「薪」

江戸期において隆盛し大火となった流儀武術も維新と敗戦と云う冷水を掛けられ一挙に消火された。最後の残り火も微細な所ではないわけではないが、息を吹いて小火を作る事はできても、新たにいれる良質の薪がない以上はいずれは消火するしかないだろう。残念ながら鉄の草鞋で探しても既に今の日本に良質の薪はどこにも存在しないのである。かくまで近代化が進んだ国で求める事の方がどだい無理である。と言って外国産の薪をくべるべきかどうかは一考を要する問題であろう。と言って一考の間に残り火が消滅するかも知れないのだけれども。

 

●5日「真の武道」

明治以降の近代武道は基本的に武道ではない。白馬は馬に非ずと詭弁を弄したいわけではない。真の武道は恐るべき殺人術であり、一般化、大衆化できるものでは全くなかった。それを知っていたのが近代武道の祖となった武道家たちであり、爪をため、牙を抜いて危険のないペット(スポーツ)として近代化したのである。

しかしそれを作ったのはかつての武道家たちであり、武道の立場と道を忘れたわけではなく、真の武道に至るための入り口として体育文化を設定したのである。真の武道は近代武道の奥にある。奥に急に入ることも出来ないわけではないが、現代では殆ど可能性はないだろう。何故ならば奥にある古伝伝統武術は殆ど壊滅状態であり、現代武道を通じて伝統武道の深い部分に触れて行くと云う方法論しか殆ど選択肢が残っていないと感じられる。矛盾のようではあるが、近代武道を経ずして深い世界に入って行くのが困難なように明治以降は古流武術そのものが大きく変化してしまっていることを知らねばないらない。それは勿論古流武術の本質ではない。ただ紛うことのない現状と言えるだろう。

 

●6日「現状」

昔の流儀武術の内容を昔の形態で継承されている古流武術など既にどこにもないのである。古流武術を賛美したり、その研究や保存を叫ぶ前にその事はちゃんと認識しなければならないだろう。その上でこれからどうするのか。このまま歪んだままでよいのか、保存と言ってもどのような形でなすのがよりのかを考えるべきであるし、また修行者もどの様に現代の古流武術に接してゆくか考えて行く必要はある。但し物事はやってみなければ分からないと言えるのであり、先ずはやってみると事と言える。ただ一つ注意すべきは疑似古流、捏造古流であるが、これは真面目な者が引っかかるような流儀は幸いないようである。

 

●7日「技と心」

「技を残すことは難しいが心を残す事はまだ難しい」武道場で通りがかかると天道流の澤田花江先生が門人に嘆かれて話していた。古流武術の技も大分歪んだが心は全く失われている。現代武道も勿論だが古流武術も精神性の無さは同じである。しかしかと言って古伝の技を歪みながらにせよ保有しているのは古流武術であり、護って補正するしか道はないと考える。

 

●「似て非なる」

「あんたらの剣道と本当の剣道は違う。心が全然違う」澤田先生が隣で剣道を稽古しながらだらしない格好をしている若い修行者を叱っていた。戦前武専出身の澤田先生からみたら今の武道は見てられないだろう。

 

●「記録」

「うちの流儀も僕でおわり。もうあとは昔こんなものがあったと写真集か何かで残すだけだね」と二十年ほど前に尊敬する古流武術の先生に言われて「何とか後世に残してください」と手紙を書いた事がある。門弟がいないなら致したないが、門人はかなり多い流儀でその先生もかなりの門弟と稽古を続けており、その意味からも当時疑問に思ったが二十年経って確かにその先生のいう通りだと思う。明治以降の武術家の心は皆同じであった。山田次郎吉が道統を残さず本で流儀は開示したのも同じ心であったに違いない。その先生は今ではビデオで技を残す事に努力されているしそれも一つの道だろう。

しかしビデオの中に心はない。管理人自身は古伝に従い多くの備忘録を残す事を考えている。

 

●「継承」

テレビを見るとマリックを含め多くのマジシャンが驚くべきマジックショーを繰り広げている。内容はものすごくびっくりさせられるが、マリックなど管理人は全然凄いとは思わない。それを遥かに超えた海外のマジシャンも多いようであるが、それらも全然凄くはない。やってる術技の裏の知恵は凄いがそれを考えたのは彼らではないからである。現代マジックも長い伝統に支えられた蓄積された知恵の賜物であり、それを探求、継承して初めて一流のマジックが可能となる。現代武道家は一からトリックを考える素人マジシャンばかりでであり真に不思議な光景ではある。

 

●「二分化」

現世の武術の有り様を見ると現在、武道を伝える者には古に既に完成した伝統武術で醸成された数えきれないほど多くの秘儀秘伝を継承している者と、全く継承できずに我流で行っている師範とに完全に二分される。といっても実を言えば無数の古伝秘法をその奥の精神も含めて継承する師範は極一握りであり、正直な所現代世界で十指で十分に足りると判定する者である。

 

●8日「曲者」

武道稽古が大衆方式となり、口伝伝授がなされなくなってから久しい。殆ど全て商業武道となり、集団稽古でそんなこと、出来る話しではないし、個人的な道場でも教えるだけの口伝がない以上は教える事は出来ないだろう。しかし長年稽古していると各人の気付きは皆ある程度あるであろうし、ある程度の口伝をためて指導することも出来ない事ではない。しかしこの口伝というものは中々に曲者であり、実は色々なランクがある。そもそも個人の悟りとはかなりの齟齬があるし、完全矛盾を含む場合もある。そもそも武術としての口伝かスポーツとしての口伝かとの問題もあり、その分別が難しい。現代武道における個人の気付きも価値がないとは言わないがランクとしては最低のものであり、その儘受けてしまうのは危険と言え、ある程度の検証が必要なのである。しかし検証といっても正統な伝統武術を学んだ事のないものに正しい検証が出来るとは到底思えない。口伝というものは伝統の中で捉え、古人によくよく問い直し、法直し、正しい伝を伝えて行く必要がある。しかしそれの出来る師範など今の世の中で誰もいない……。

 

●10日「数」
口伝のランクは通用する人の数によっても大体は決まる。一人の一個の悟りなど、定められた流儀の一部の技の運用に役立つ位に過ぎないし、また誰でもにも応用できず、一部的な類似体型のものしか当てはまらない事もあるだろう。口伝の表現自体も垢抜けしたものと陳腐なものがあり、これは人の教養に大きく左右されるが、現代人は残念ながら江戸期の文化人に到底及ばない。また伝統的な口伝というものは単なる技法コツを遥かに超えた奥深いものがあり、場合によっては武術すらも越えて商売にも対人にも人生の処世訓にも通ずるのである。かくした伝統的口伝とその展開法を本当の意味で伝授されたものは真に少ない。古の秘伝文書を探求する者あるが、古の口伝は二重三重、七重の封印がなされており、表面的な解釈をしてとくとくとしても古人は苦笑しているばかりである。

 

●「江戸期」
現代武道の二分化は大問題であると思うが江戸期においても然りであった可能性もある。現代ほどは流石にひどくはないとは思うが古の膨大な知恵を丸ごと継承していた流儀と数本の古伝形を少し歪んだ形で保存する流儀もあれば、古伝を忘れて乱れうちばかりになってしまっていた流儀も明治の時点であったようである。本当の巨大な秘伝法を引き継ぐ古流と継承者は当時でも少なかったと言えるが、現代は皆無、無限に皆無に近い状態である。

 

 

●10日「隔絶」
江戸期に行われていた伝統武術と近代武術は(古流武術と言われ施行されているものを含め)、全く違うものなのである。古流は古流であり、本来同じものでなければならないが、管理人は現状を述べているのである。残念ながら現代の古流武術は極々々々々一部の例外を除いて近代武道と同列であり、古の武術と全く違う。古典を知るものの目からみればみておれないのが本当である。いや明治以降全てそうだというのではない。古を知る古老が絶滅し、近年の完全な代替わりで全く異質になったのはここ二、三十年の事であったかも知れない。戦前を知る師範も殆ど鬼籍に入り古典武術などいまの世に存在しようがない。

 

●11日「全方向」
現代の古流武術と古の武術は違うと言えばそんな馬鹿なと言われるだろうし、お前の所はどうなんだと言われるだろう。管理人も古流武術の看板を掲げているが、正しき正統な姿で古流武術を指導した事は一度もない。したいと思わなかったわけではないが、どうしても出来ない現代の状況がある。今伝えているのでは古流武術の極一部であり、一部は全体になり得ず、武術でもないかも知れない。

 

●「20年」
古流武術を教授しだして二十年近くたつ。しかし一度も本当の武術を教えた事がないような気がする。
いまの世では致したないが、真の武術に入るための準備体操で全て終りだった気がするのである。恐らく他の古流武術の先生方も同じ思いであっただろう。

 

●「江戸期の剣法」
管理人は江戸期に行われていた古伝剣法こそを日本伝統剣法の最高形態として憧憬し、指向する者である。しかし現在行われているものは現代剣道、古流剣術を含めて余りにも異質すぎる。技法としても余りにも足りない部分が多すぎるし精神的な部分は全く別物となっている。

 

●「2000年以上」
日本刀が現在の形に集約されるのに2000年、いやそれ以上、ある意味では何百万年掛かって現在の形に到達し、以後変化する事はない。それはそれが日本刀の完成形であるためである。そしてその変化は日本刀自体がひとつの術技を求めて自らを変容し、究極の形態にたどり着いたと考える者である。一つの術技とは古伝剣術であり、その一端である古伝の居合術である。世界に刀剣の形態とその術技は多いが日本伝居合術のような特殊な技術をなす刀剣術はなく、また武蔵二刀剣法のような独特の使い方をなすものはないだろう。完成された日本刀の形態で初めて古伝居合術の刀遣いが可能となる。完成された大小拵えの姿で初めて真の武蔵剣法を振るう事が出来るのである。林崎氏や武蔵の出現を期して、それが分かっていたから、その為にこそ日本刀が自らを変容し究極の形態に欣求し、現在の形態に到達したわけである。

 

●12日「撃剣」
古流剣術とは勿論形ばかりではない。自由攻防の世界を学ぶために撃剣の世界が構築され、それが近代剣道に変容されていったのである。近代剣道の中にも古伝はあるが、スポーツとしての歪みもある。出来るだけ古伝の撃剣方法を探求してその深い技術を錬磨して行きたいと考えている。そのために袋竹刀と面と小手防具のみの古い形式からの稽古法から研究してみたいと考えている。

 

●「商業」
近代の武術は殆ど全て商業武道……となってしまっているが、「商業」が必ずしも悪いというわけでなく、世の文化で商業原理の働かぬものとて殆どないだろう。だからそれが悪いのではなく、「商業武道」という時は「悪徳商法」の意味合いがあるという事である。そして凡そ世の商売で悪徳でないものは本当に珍しい。どんな商売人も売り上げのために多少ごまかすし客を騙す。個人商店ばかりではなく大手商社、食料品販売でも凡そごまかしのない所は本当に珍しい。余りに多すぎるために、ある程度はあきらめ、程度の問題としてうまく選択しつつ生きて行くしかないという今の世の状況がある。百姓も自家用以外は農薬をばんばん遣い、医者は算術、警察も組織ぐるみで犯罪を犯し、政治家も国民を騙すことばかり考えている。これらは紛れもない事実であるが、言ってもせんのない話し……。しかし、やはりある程度は目を光らせて告発して行くしかないだろう。
近代武道も然りであり、選択するのは各人であるから各人の責任とも言えるが近代武道は嘘とごまかしが余りにも多い事は事実である。成分表示でごまかし、出自の表示もでたらめ、レプリカを作って高額で売りつけるのがやり方となっている。

 

●「教伝体系」
日本伝統文化の中で武道以外は多くは町のカルチャーセンターに入り、ある程度高額な会費(月謝)制で運営されている。武道は以前は殆どボランティア的に行われ殆ど維持費程度しか掛からなかったが最近ではカルチャースクールに匹敵するような比較的高額な月謝額をとるようになっている。同じ文化の教伝であるから当然と言えば当然の用にも見えるが、しかし武道以外の文化は比較的古伝の教伝体系を留めており、一から教わり、次第に高度な技術と文化を段階的に教えて行くカリキュラムがちゃんと存在しており、確かにその都度謝儀を示しながら学んで行く必要がある。謡いでも何でも多くの謡、やさしいものから難しいもの、奥伝のものと学んで行く過程がある。しかし近代武道は殆どスポーツとなり、全くそうした文化を捨てておいて、お金だけ取ろうというのであるから厚かましい事このうえない。今の武道には文化的に伝えられるものは至って少なく、町の草野球チーム程度と同じ存在であり、伝統武道と呼べるものは殆ど皆無である。

 

●「不殺」
宮本家兵法の十手術とはなんだろう。それは敵を不殺にて捉える捕手剣術の一端であり、戦国末期にこの様な極意技法が生まれたことは驚異の事である。武蔵は十手を腰間常用の小太刀に変えて二刀剣法を主体としたが、不殺兵法としての立場を護り、多くの戦いにおいて全て殺人剣法を振るったわけでなく、多く木剣で勝負に挑んでいる。最初の十三歳の戦いは真剣を用いず、組み打ちと棒で倒している。
清十郎にしても木剣勝負であったし、伝七郎勝負では伝七郎の木剣を奪って打ち倒している。流石に一乗寺下がり松の勝負では真剣を用いたと思われるが、夢想権之介勝負では楊弓、宍戸某との勝負は相手が真剣の鎖鎌であったので真剣を用いたのだろう。
小次郎との勝負は自己はあくまで木剣を用い、相手に対しては真剣お構いなしとしている。後の勝負においても木剣勝負にて撃ち合いをなさずに氣で制圧したと伝えられている。
武蔵剣法には敵刀を叩き落とす紅葉の極意太刀が表現されており、武蔵剣法は決して殺人剣ではないのである。戦国末期の武芸者がそのような精神世界を構築した事は大変な事である。武蔵は柔術にも達し、真剣白刃取りも自在にこなしたのだろう(伝七郎勝負)。
少し残念なのは武蔵の得意な柔術を晩年に二天一流の中で伝承できなかった事である。しかし実は武蔵流柔術は極近年まで東京に現存していた。それを捨てたのは現代人であり、武蔵の罪ではない。

 

●13日「慣れ」

普段それほど気にしているわけではないが、管理人はどんなに寒い時でも年中素足で靴下、足袋を履く事は絶えてない。ところが町で見ると素足の者は管理人以外絶無というほどいないようである。

「辰巳芸者とサムライは」という言葉があるが、別に無理して履かないわけではなく、全く必要がないので履かないのみである。これはやはり「慣れ」ということだろう。武術の稽古も「慣れ」ということを敷衍して最初出来る筈のないと思っていたことが次第に出来るようになる。これが素晴らしいのだが、現代の稽古は全くそこまでゆくことなく準備体操で終りであり、真に情けない。

 

●十八日「凄さ」

最近でる武術書、古流武術の解説書の凄さには驚かされる。今年になっても幾冊かでたが、多くの場合手にとって技法写真で先ずびっくり。論説を読んで大びっくり。全く凄い本が多い。形の下手さは感性の問題があるが、著述に余りにも基本的な誤りが多いのである。実際の所これらを見れば管理人が日本武道も既に終りかということも分かって頂けるのではないかと思うのである。新人もしかりであるが、近年でた大御所の大冊もかなり凄い。しかしやはり新人の方が凄さは大分上のようである。

とはいうものの本というものは手順が図解されており、流儀形が大体網羅されており、分解写真が満載されいるのであるならば初心者が参考に購入することは結構かと思われるのである。どんな本も良い所のあるのであるから刊行されることはしないよりは良いことであると考えるべきと思う。

 

●「気功」

丁度テレビで気功を特集をなしていた。あい変わらず酷いの一語に尽きる内容であり、如何なものかと思われたのである。

最も問題なのは先ず最初に外気功なるもののパフォーマンスがあり、人や赤ん坊を外氣で動かす実験をなしていたが、そんなものを安易に映像としてだすことはあとの内容と交差して信じてしまうものが出てしまう危険があり、宜しくないと感じられる。

真実を検証する為に真面目に探求するならば良いが隙だらけの実験を通じていい加減な大学教授に迷論を語らせるのは殆ど無意味だし、それを番組の前提とするるは如何なものだろう。

簡単に言えば誰が考えても患者も赤ん坊も目で見た治療師の動きに反応して動作していると判定できる。そうでない可能性もないとは言わないが、氣以外の可能性を排除した実験をなすのでなければ全く無意味な実験である。かくした前提条件がクリアーできなければそれに繋がるあとの内気功も余り意味がない。そして実際内気功、その方法論なるものの内容はお粗末そのものであり、真にたわいがない。こんなものを驚異の気功の効果として喧伝することは全く宜しくないと思う。

「しかし実際に気功の効果があられているではないか」との論があるかもしれないが、管理人のみたところ、実際的には殆ど「気」云々とはそれらは殆ど関わりなく運動効果、腹式呼吸効果、意識遣いの効果が顕れたものであり、そんなものは大抵の伝統身体文化には付随する当たり前の世界であり、特に気功法云々を付加する必要は全くないと思う。そしてそれを付加することは逆に目的達成の意味からも逆効果となると考える。それは食事制限をなせば痩せるが太る。武道において筋肉トレーニングをすれば強くなるが、実は弱くなるという不思議な逆説(しかしこれは全くの真実である)と同じことである。

これはよく考えれば分かる全く当り前のことなのだがこの点が分からない者が余りにも多いのが不思議である。

ともあれいま少しちゃんと真実を追求し、厳密な検証を伴う真面目な番組を作って欲しいと願う者である。

 

●十九日「掌」
宮本武蔵を憧憬して剣法を探求したが、学んだ二天一流は剣法流儀としては不満であった。期待した形数は煎じ詰めれば五本しかなく、それもそれぞれ単純な技術でしかも繰り返しが多い。そんなはずはないと徹底的に研究したからこそ逆に宮本武蔵の本質に近づき得たと思う。そしてそれはすべて武蔵兵法の掌に乗って踊らされなした仕事であるような気がする。

 

●「振らずの剣」
竹刀と違って真剣は重くとても二刀を振り回せる筈がない。剣道試合にも実戦にも仕える筈がないと堂々と著書に書いた研究者がいたが、それはそれで各研究者の見解だからそれは構わない。しかしながら実際の所、二刀兵法の達人、武蔵は生涯不敗であったし、真剣二刀を使って戦った剣士も日本史を繙けば多く見受ける。竹刀試合、木刀試合を通じて活躍した剣士は江戸期、現代を通じて数多い。
青年期の武蔵は一刀剣も使ったかと思えるが晩年期は全てを払拭し二刀剣法のみを残した。片手剣法が弱いというがそれを強くするのが流儀の工夫である。真剣が片手で振り回せないというなら振り回さなければよい……。その方法論は……と説明するのが馬鹿なのであって、兵法家は黙して語らずの知恵が身を護る。他流の者が馬鹿にして弱い流儀だと思っているならこんな有利なことはなく、真にありがたくそう思わせておけばよい。それが真の兵法の知恵と言えるかも知れない。


●「手之内」
現代における(所謂)古武道には色々問題があり、とても伝統武術とは言い難い。問題は色々あるが、まず刀を持つ手之内が出鱈目である。手之内の使い方は確かに流儀により使い方が分かれ、一元的に真贋を分別できないが、日本刀の柄巻の造りの意味合い、目貫の遣い方、指の遣いの口伝を含めて殆ど伝授されることはなく、皆が恣意的に用いているに過ぎない。特に若い修行者の使い方は無茶苦茶であり、伝統から離れすぎ、日本傳武術とはとても言われない。

武蔵は『兵道鏡』(数種)『兵法三十五ヶ條』『五輪書』を通じて奥深い手之内教傳を残していることは素晴らしい。ただ現代の(自称)研究者は一部をみて夜郎自大な論を展開するばかりで『兵道鏡』もに数種のバージョンがあり、手之内の使い分けを述べ、また年代的な差異と一刀剣と二刀剣との分別も考えて深い部分を探求する必要があることは知らねばならない。

 

●二十日「追憶」

30年の昔、管理人は神戸の地で多くの古流剣術や古流居合術を探求し、全てに絶望し、最後に伯耆流の大野旦先生にたどりつき柳剛流杖術と伯耆流居合術の手解きをマンツーマンで頂いていたが、柳剛流に就いては免許状を頂き、そして東京の古流武術の先生に紹介状を書いてくれたこともあった。以後管理人も東京に移り、伯耆流よりも英信流の方に移って行き、何となく伯耆流から離れてしまったが、今は英信流を納めた者には伯耆流の基本である表六本中段九本のみは伝授する様にしている。そして現在は毎週金曜日に武蔵剣法の基礎調練として最初に稽古をなしている。

大野先生は兵庫県庁前で治療院を開き、県庁の居合道クラブで流儀を教えていたが、管理人も県庁前の職員の為の武道場で特別に何度か稽古を付けていただいた。普段は治療院のビルの屋上で稽古を付けて頂いていたが、大勢でなす稽古も重要なことである……。

それから30年、本年の一月十五日に実家に帰り県庁に訪れて伯耆流の伝承を調べてみた。県庁のインフォメーションで調べて貰ったが、全く不明。クラブとしても存在しないという。調べる縁を失い、仕方がないので大野先生の治療院ビルを訪れたが勿論全く昔と様変わりしてしまっている。ただ屋上にゆき、昔の稽古場は確認できた。そして職員会館に訪れて尋ねてみたが若い職員では中々によく分からない。最も古い職員を紹介頂き、やっと一縷の糸を探すことが出来た。既にクラブとしての活動はないが個人的な稽古をするものはたまにあるという。

古い稽古人を紹介頂き、電話を掛けてやっと当時の様子と以後の経過を窺うことが出来た。やはり大野先生は平成3年頃に亡くなられという。既に80を大分過ぎておられただろう。以後クラブも徐々に下火となり、現在は殆ど休眠状態であるという。柳剛流のことも聞いてみたが、殆どやるものもいないという。稽古していない以上それ以上の取材は出来なかったが、結論的には大野先生の伯耆流は現在殆ど神戸でも伝承が途絶えてしまっているようであり残念なことである。稽古の再開を願ってやまない。

 

●二十四日「昔」

昔、古流武術を学び始めた頃、その内容が不満であった。しかしどんな武道も極初伝において理解できないのは当り前の事。その本当の意味、深さが分かるのに管理人自身も三十年掛かったのだから。

ある現代武道の開祖で古流武術が殺戮の為の戦場武道だと批判した者がいたが、それを笑う気にはなれない。何故なら管理人も同じ心でいたときがなかったわけで決してないからである。管理人自身、その疑問を解くために何十年も掛かった、いや掛けたのであるのだから……。

しかしながら古流武術における多くのあらゆる部分において疑問に思い、伝統の中にその解答を求め、徹底的に探求からしたからこそ、いまでは本当に深い部分も確かに理解できる。前記の新興武道家も笑おうとは思わないが、まだまだ修行が浅いとは思うのである。

 

●25日「謀」

古流剣術は多様なる稽古法を編んできた。現代の剣道文化は余りには断片的であり、一部をもって武術文化とはいわれない。形文化と形分解法、技術錬功法、道具錬功法、防具試合法など。形文化は何とか古流剣術である部分は伝えられているが防具試合と形を結ぶ様々な稽古法を伝承する所は本当にないようになってしまった。

現代の武道はある意味では稽古法が一元的になっているわけである。形文化も専門化して良いものが残ればよいのだが現存の古流武術の形も多くが断片しか伝わっていないのが残念である。

しかし武蔵は現代の武道文化の有り様を見抜いたのか最終的には五方しか残さなかった。これは古流剣術としては極めて珍しい形態で逆に多くの形が付加されて現代に行われている。生誕地に関しても曖昧な言葉を残した為に現在これだけの研究者がいるのは不思議である。

これも武蔵の遠大なる謀なのだろうか。

 

●「出逢い」

24日にテレビ(何でも鑑定団)のお仕事で上京された澤田夢平斎先生より連絡があり、日曜に午後からお会いする約束をした。25日に早めにお電話があり、島津先生と骨董会場に来たら祖父江先生に偶然出逢ったという事。呼び出されて久ぶりに諸先生が集まり、島津先生ともお会いする事ができた。まだまだ稽古されているという事で、真に結構なことである。島津先生くらいの方が道場も持たれないという事が現代の古流武術の有り様を顕している。都内ではまともな古流武術の道場は皆無に殆ど等しい。日本は武術という最高の文化を捨ててかえりみようともしない。真に情けない事である。

 

●「心と身体」

武術などやるのはアホやと思うなら、その通りかも知れぬが、やらぬのもまたアホだろう。食う方が先かもしれぬがそれより大切なのは先ず自己の身体である。人の幸せは金で買えるがどうかは微妙だが身体がの崩れは金で贖うことはかなりむつかしい。武術が内蔵する精神文化は鬱陶しいばかりの様にも見えるが精神が崩れれば身体もまたくずれる。人間の心は弱く、身体は崩れやすい。すぐに心と身体の病にかかるひ弱い存在である。それを律する為のメソッドを捨てるのは余り利口な選択とは言われない。

 

●「氣の剣法」

武蔵剣法は世界の刀剣術文化の中でもかなり特殊であるが、日本傳古流剣術の中でもかなり独特の存在である。それは単なる技術の世界を超えた深い芸術の世界と言えるだろう。

本来の日本伝統剣術は大体はかなり大きな体系をもち、形数は多い。尾張新陰流も膨大な体系であるし、一刀流も巨大である。他の流儀、影山流でも目録を観ただけでもびっくりする位の巨大さがある。これが日本の伝統であり、正に驚異の文化財である。

その中では武蔵剣法の体系は小さく、管理人も昔は疑問に感じた。その本当の部分を理解するのに30年掛かったわけである。

 

●「体系」

結論的にいうならば実際的には肥後傳二天一流の伝える体系は大変に小さく、伝統剣術としては確かに物足りない。ただ伝統剣術が伝えるのは剣法形のみではない。付随する錬功法を含めて巨大な教傳量があるのが本当である。しかし錬功法の部分はどの古流剣術でも殆ど壊滅状態である。ただ伝承される形傳は尊く、現在の古流武術の現状からは確かに形傳を保存する事が最重要ではあるだろう。

 

●29日「人体実験」
真の武術は身心を修養し、心を鎮め、身を整えてゆくものであるが、近代商業武道では逆に心が荒れ、身体を壊す事がどうも多いようである。日本は平均寿命も大分上がり、事故にあわない限りは80、90歳まで生きてゆく定めである。老いて身体を壊していてることは大変にみじめであると思うのである。武術と生死を争うシビアさがあるが、それがラフと勘違いされているように思う。多少の怪我は当然……。いや真の日本の武術ほど彼我の身体を気づかったものはない事を知らねばならない。それは長い伝統の中で無限の人体実験を繰り返し、正しい錬功法を編み、伝承してきたという事である。ただ古典的な錬功法は西洋式の近代トレーニング法に置き換えられて既に何処にも見ることは出来ない。

 

●三十一日「見せ物」

武術の演武はある程度人に見せる意味合いがあると思うが、実は日本の本来の武術は神前に奉納する意味合いが強く見せ物武術では決してなかった。

その様な文化は祭りの棒の手という形態をとり、現在でもか各地に残っている。しかしながら正統な古伝武術は閉ざされた空間で錬磨された。道場の窓から覗いていたりしたら大変な事になる……。しかし現代武道は見せる要素がつよりくなり、武術として歪んだ形態をとることが多くなっている。歪むだけならまだよいが、見せる動作というものは中々に身体に悪い影響があり、どうしても故障が多くなる。自然体からつり上げ、足を払って投げ飛ばす江戸系の立ち技は素晴らしく、それが講道館柔道に通じたが、その激しさ故に投げる方も投げられる方も体を痛める事が多くなる。合気道は膝行動作を連行法として抽出し徹底的な錬磨をする事により見栄えのある演武を可能にしたが、体の一部を徹底的に鍛えるということは体に決してよいことではなく、やがては膝を痛めて正座も出来なくなる場合すらある。中華の表演武術の達人は超人的な体動を見せ真に素晴らしいが、やはり体を痛めているものがどうも多いようである。人生の目的は人それぞれだが見せる為になすのか、真に身を守り、体の歪みをとる為になすのか、真実を見据えながら、よくよく考え選択してゆく必要があるとは思うのである。

 

●「真実」

各武道の選択は各人が成すことであり、よって各人が責任をもって対処すべき問題であり、余人の口出す問題でない……。しかしそれは実を言えばものの正しい選択は真実を知って始めて選択できるものである。しかしあらゆる武道、その殆どに表示にごまかしがあり、また長いスパンにおけるその本質を見抜く事は素人には殆ど不可能である。その意味では正しい情報と真実をもって皆が事故の目的から正しい選択をなしているわけではない。しかし真実を見抜けないのも各人の問題であり、責任であり、その結果はやはり各人が受けねばならぬ。しかしこれは客観的に観察すると騙される方が悪いという論と同じであり、騙す方が悪いのは勿論である。がしかし騙されたい者もあるのかもしれない……?

 

●「三者」

世の中には騙す者と騙される者があるが、加えて騙されたい者があるという。この事実は正に世の真実の深奥であり、人間の複雑さでもある(いや単純さか?)。だがいずれにしろ間違った認識が世を悪くし、現在の如くの混沌たる無明を生み出している事は事実であり、その点は騙されたい者には認識はして頂きたいとは思うのである。

 


 

 

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